持続可能な発展=永久機関

十年以上「持続可能な発展」と言い続けてきた。
しかし、どうやらそれは不可能らしい。
そんな都合のいいことはないのは当然か。

カップヌードルが値上げされるのは序の口で、
これから大変なことが起き始めるかもしれない。

小麦粉さえ手に入れられない人々。
それが、何億人にも達するときが来る。


その昔、永久機関という都合のいい装置を作ろうと研究するものがいた。
もしかしたら、今でもいるかもしれない。
それはエネルギーを無尽蔵に取り出せる装置である。
そんなものあったら、環境問題解決である。

永久機関を研究するのはマッドサイエンティストであって、
他にも「エーテル」を探すとか、
ピラミッドパワーを測定するとか、
幽体の実体化、テレパシー、テレキネシス、オーパーツってのがあった。
今ではオカルトに括られている。

しかし、「持続可能な発展」も同じだ。
人々の欲望を増大させ、物質を生産し、
大量廃棄しつつ、環境を維持する。
単純に考えて無理である。

発展という言葉は物質の浪費を意味する。
ということは、発展の継続は物理的にむり。
自然の回復力を上回る浪費は成立し得ないのである。

人口を減らすか、生産を減らすかどちらか。
もしかしたら、欲望を非物質的なものに転換していけばできるかもしれない。
今は、物質が貨幣に換算され、貨幣が信用へ変換され、
ビルゲイツは抽象的としか言いようのない資産を所有している。
だが、その信用がパンクするかもしれないという。

そのときむき出しの物質欲はどのように振る舞うのか。
トイレットペーパー買い占めなんてありました。
米の売り惜しみで打ち壊しが起こったのは昔々。
だが、そういうことになる。

人間が生きる意味、か?
[PR]
by lebendig | 2007-10-04 15:38
<< 怒るには体力がいる 学会とは何だろう? >>