素朴な疑問

素朴な疑問がある。
どう考えても、未来がない哲学にしがみついている人々。
一体全体、自分の人生をどう考えているのか?
虚しい。

少なくとも現状の哲学は、何の成果も得ていない。
未来へ向かって、可能性はない。
じゃあ、別の仕方を考えればいいではないか。
少なくとも20世紀に可能性を期待された諸学派は、
もうさんざん議論したあげく、その学派の維持自体が目的となっている。
そして内部で盛り上がっている。

もしかすると、現状の哲学にすでに意味がある、と勘違いしているのか。
テツガクすることに意味があるとか、
参加することに意味があるとか、
にんげんだもの、とか、
全部おなじだ。

弱くて情けない人間が、自己正当化、自己満足、自己欺瞞のために、
へりくつこねこねして、
批判されるのがいやだから、
三流哲学者のマイナーな著作に言及してみたりして。
逃げてばかり。
別に誰かの著作ではなく、
自分のことばをためせばいのに。

まぁ、他人のことなんか心配する余裕のない人間が、
自分の弱さ、コンプレックスを解消するために、
へりくつこね始めて、
次第にへりくつにアイデンティティーを感じ始め、
偏執していったのが彼らの哲学であろう。

そう、フェティシズムである。
おしゃぶりのたぐい。

そりゃ、哲学研究者にたいそうなことを期待する方がまちがってる。
なるべく自分をためされたくなくて、
穴熊である。
将棋の、ね。

表だっては批判を免れるが、
自分は偽れないし、
自分の人生は虚しく過ぎ去り、

そんなこと自分でわかっているはずである。
そんなことをしていては、人生になんにも始まらない。
それもわかっていたはずである。

少なくとも、
将来、未来の人々の可能性を奪うような、
そんな醜い生き方はよしてほしい。
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by lebendig | 2007-05-27 12:59
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