総選挙?!

たまには時事問題。

小泉首相が郵政解散と勝手に名付けた、トンチキな選挙がひと月後に行われる。
もっぱらの話題は、民主党の影が薄いという話。
いや、そういう形で話題になっている。

これから終戦記念日などあり、特定の立候補予定者である首相が、公然と露出する機会が増える。
北朝鮮が八月最終週から交渉再開に応ずるらしいから、選挙戦まっただ中に何かある。
いや、そこで日本が蚊帳の外の印象の合意が出てきたら、自民危うしである(反対派、非公認候補はうれしいかもしれない。)
となれば、また小泉首相は芝居がかった直接交渉やるかもしれない。
もちろん、手みやげは秘密交渉で選挙戦中は内緒。
これはみんな考えている。
しかし、実際、平壌で交渉する絵がテレビに映ると、インパクトがあるだろう。

だが、終戦記念日で思い出すのは、靖国公式参拝。

近隣諸国が何を言おうと、日本式の追悼であるべき。
しかし、靖国は戦前の特殊国家施設。
いや、国家ではなく、長州。
靖国を肯定する論理は、通常、日本古来の神道を否定するのは文化に対する無理解からくる、しかるに、靖国参拝すべし、というもの。
だが、それは論理の飛躍。

靖国は伝統的な神道ではないし、死んだものは誰彼無く祀る、も嘘。
靖国の裏に小さな神社を建てて、彰義隊とか会津藩士とかも最近祀ったんだと。
それ靖国じゃないだろうが。
彼らは、何のために死んだのか。
まぁ、何十年もかけてそこら辺ごまかす話を作ってきた。

靖国神社の「神道」を信じて死んだ戦士は気の毒。
本当にみんな靖国に集っているのか?
そんなことはありえない。
当時はそれは軍隊あげてそういってきたから、信じても仕方ない。
しかし、そこにあるのは、ご都合主義で古来の神道の本質を奪い、でっち上げられた倒錯施設。
亡くなった兵士には、だましてごめんなさい、と謝り、きちんとした伝統的な神道の形で、その魂を鎮めるのが本筋。
みんな信じて死んでいった、ということを盾に、靖国を正当化するのはおかしい。

麻原を信じて死んでいった信者のために、オウム真理教を肯定するようなもの。
江戸時代、仏教寺院が民衆の戸籍管理していたくらいだから、仏教もなんとかいえばいい。
ルーズベルトの死を祈祷したり、いろいろ協力してやったはず。

神道に文句はないが、似非神道には文句ある。
百何年の歴史、とかいわれると伝統的な感じもするが、しかし、「2000年」の我が国の歴史、神道の歴史からすると、全く「伝統」的ではない。
年寄りは靖国に感慨があるだろうが、しかし、本気であの似非神道を信じるのか。

きちんと千鳥ヶ淵には墓苑がある。
天皇陛下下賜の骨壺にお骨が納めてある。
引き取り手のあったものは入っていない。
それは弔う人があったのだから、よし。
その墓苑に参るのでよかろう。

さらには、東京大空襲の追悼施設は無いらしい。
東京都が関東大震災と一緒くたにして適当になんか作ったので、遺族は怒っていると聞く。
戦争で死んだひと全部追悼し泣けりゃいけないはず。
軍人より、赤ん坊とか小さい子供とか、優先すべき人間があるでしょうに。


戦前の人間が、死んだ人間にあまりシンパシーを持たなかったのには理由がある。
人間の存在を尊重する思想のない、ヨーロッパの近代思想を移入したからだ。
自分の身内なら深く悼むのに、子供が死ぬことについてはあっけらかん。
たしかに、戦前子供の死亡率は高かった。
だが、それだけが理由ではない。

小さい子供であろうと、そこには「魂」がある。
つまり、それは既に一人の人間だ、と考えられてきた。
いや、人間であろうと無かろうと、尊重すべきと捉えられてきた。
しかし、命を奪うとき、その命との不幸な巡り会いに、深く思いをいたすのが礼儀だったのである。

それが、子供無視である。
ひどい死に方をした子供がたくさんいたことは既に書いた。
その一人一人が、「私」だった。
「私」が、親を失い、不安と悲しみ、おびえの中で、飢え、病、火、水のなかで苦しんで死んだ。
その想像力が無いのか。
いや、無いのがヨーロッパ近代思想。
死ぬのは、かならず「私」である。「誰か」ではない。

靖国マンセーのアホ「正論」が国を覆っているが、少し考えたらどうかと思う。
よその国になんぞ言われたくないのはわかるが、靖国を旗印にしないで欲しい。

信じた人間がいてもいなくても、正しいものは正しい、嘘は嘘。
当然である。
我が国の祖先が持っていた世界観は、非常に謙虚で、それ故に確かなものであった。
それを無視するのはいかがか。
いや、「本気」で神道のひとなら、靖国はスルーではないか?

官軍賊軍とかA級とかなにやら、そんなことは問題じゃない。

まぁ、東条がアホなせいで小さい子供とか赤ん坊とか恐ろしい数死んだのだから、祀ってはならんだろう。
首相なんてのは結果に責任がある。
東京裁判なんてものが話をややこしくする。
勝ったら官軍、負けた奴らをののしり倒し、つるし上げて殺したりする。
そんなことに正義はない。
って、それその何十年か前に誰かやってなかったかな?

骸を埋葬することも禁じてさらしたりしたそうな。

あと、その後、自分たちを正当化するため話作ったり、あげく、神社まで建てたんだと。

まぁ、本当に歴史は繰り返す。
虐殺された民族が虐殺したり、人間は愚かだ。
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by lebendig | 2005-08-12 01:49
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