反復と永遠

記事連発である。

ビートはリズムと違う。
ひたすら繰り返される音。
それは時間の前後の感覚を曖昧にする。
さっきと今と次の瞬間が全く同じもののように繰り返される。
様々な文化にそのような音が存在している。

生物はそのビートによって存在している。
心臓の鼓動。
呼吸。
瞬き。

我々の身体も反復である。
歩くこと、咀嚼すること、燕下すること、貧乏揺すり。

我々は毎朝起き、食事をし、眠る。
一週間の中で、働き、休む。
月の中で給料をもらい、財布が寂しくなり、しのぐ。
一年を単位として、年間の行事を様々にこなし、毎年年賀状を書く。

すべて繰り返しである。
同じような一日の繰り返し。
同じような週の繰り返し。
同じような月の繰り返し。
同じような都市の繰り返し。

その中で、時の経過に鈍感になる。
いつの間にか時間が流れる。流れ去っていく。
繰り返しの中では、それは限りなく続く。
繰り返しからふとはずれるとき、時の経過に驚かされる。

反復が我々を時の経過に伴う悲しみ、驚きから守ってくれているのか。
あるいは、我々を鈍磨させているのか。
(未)
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by lebendig | 2005-07-20 20:16
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