公開?


誰でも見ることが出来るのだが、
知らなければ、誰も見ることは出来ない。
これがWEBの本質か。

検索エンジンというものがあって、検索すればだいたい見つかる。
あるいは、誰かがどこかでチェックしていて、
意味のありそうな事柄についてはどこかでリンクしている。
これが本当ならば、WEBではすべてが公開されている、といってもいいだろう。

インターネットなるものが始まり、まだホームページも少なくて
大学院の研究室か、あるいは日本に数カ所しかなかったネットカフェ(まだ会員証持ってます)でしかアクセスできなかった頃、
本当に遅くて遅くて腹が立ち、中身もないし、どうしようもなく、
使えない、と思いました。が、

そもそもマイコン時代からコンピュータ好きですから、
ネットもそう思いつつ、ずいぶんやった。
マイコンはシャープのクリーンコンピュータ。
MZ-80がCPUのMZ-80k2とかMZ80-c。
友達のMZ-80Bに「月刊I/O」のスペースインベーダーのプログラム、
マシンランゲージだけどものすごい長時間かけて打ち込みました。
チェックサムとか全部一人が読み上げるの。

BASICとかfortranとか、ノートにフローチャート作って、プログラム書いてました。
しかし、高校の時、俺はコンピュータが好きなのではなく、ゲームが好きなんだ、と思い、やめました。
やってたら、どうなってたかなー。

その後、NECがデフォルトになって、エロげーとかオタクが群がって、
もう全然興味なし、というか、キモイ。
しかし、MACはそうではなかった。
むかしAPPLE IIってのがグラフィックすごいって思ってたが、
MACはスマートな道具という印象だった。
友達がグリーンモニタのもってた。
このころは高嶺の花。
文系の俺はむしろワープロで良かった。
って、ワープロソフトでなくワープロ専用機。
感熱紙の印刷機つきのやつ。

その後、インターネットが使えそうになってきて、
POWER PCの初代の奴を買いました。
ナナオのモニタは高かった。
やったー、というくらいの買い物だった。
今と比べてはいけない。

いや、ネットは電話でつなぐ奴。
夜11時過ぎからのテレホーダイ。
重い絵はノーサンキュー。
そのころは情報の受け手という認識しか無し。
ホームページもフリーソフトで作ってみたが、
今と比べて専門知識がいろいろ必要だからもうエエワ、と。
正直、何も言うこと無かったし。いや、もっと敷居が高かった。
出版、と言っていいぐらい。
不特定多数の戯れ言、ではなかったな。
今は戯れ言の吹きだまりだけど。

2ちゃんねるも、当時は本当に怪しかった。
書き込んでいる奴らの質がおかしくて。
昔のパソ通とかからの流れか。
パソコンがオタクのものだったころの流れが、こういうところに来てると思った。
昔の「パソコン」オタクって本当にキモかったから。
マイコンは大好きだったが、「パソコン」とか呼ばれ初めてから、もう大嫌い。

しかし、最近は誰でも知識無くできる。
知識のことくだくだ言うのはオタク。
「パソコン」とかエロげーとか、パソ通とか、 DOSとか、、、、
おまえら消えろ。

ところで昔の「I/O」にはUFOとか猫のイラストがあって、これがすきでよく描いていた。
これを描いてたイラストレータが死んだって記事にはがっかりしたなぁ。
新しいイラストになったらもう買わなくなった。

ところで本題。
公開していても、誰も公開していることを知らなければ、事実上、非公開と言える。
公開していることが、広く告知されていることが要件。。
さらにいえば、公開されるべきものの存在を誰も知らなければ、二重の意味で非公開。
このページもそうだろう。

しかし、これは私の備忘録みたいなもの。
迷い込んでくる人も可能性としては存在するから、公開を前提とした物言いをしています。
しかし、現時点では非公開。
未来における公開は未確定。

全世界のブログブームはたいそうなものだし、
情報の一過性を前提ともしているから、このブログは非公開である、と断言してもいいかもしれない。
もちろん禁じ手はいないけど。

I/Oのイラスト、描いてみました。
猫の目、忘れた。
2〜3本まつげがある、小さい目立ったかな?
知っているひと、教えてください。
って、だれもしらない?
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by lebendig | 2005-04-18 00:03
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