戦前から腐っていた!

なにが?
日本人の精神です。
いや、ほんとにひどいものだ。
よく日本人は精神的にすばらしく、近年はぼろぼろだと言われます。
しかし、これは嘘。ひどい嘘。
べつに私、軍国主義ハンターイ、資本主義ハンターイ、社会主義マンセー、ではない。
というか、逆の人間。
文化的伝統において人間の本質があると考えておりますから、保守的かもしれない。
ハーバーマス、ハンターイ、です。
しかし、最近、戦争孤児の人が書いた、戦争孤児の戦後についての本を読みました。
前から戦争孤児の本を探していたのですが、なかった。
なぜ無いかというと、あんまりひどい体験をしてきたので、そしてあんまり悲しくて悔しいので、とても書けない、というのが実情らしい。
十万からの戦争孤児が60年前いたのに、そんな話聞く機会が少なかった。
話を戻して、何がひどいって、米軍の一般市民無差別殺戮数十万、これは言語道断。しかし、アメリカ人がそんなことするのは、彼らの文化の本質。ひどい人間だからではなく、ひどい文化だからです。必然で当たり前。
それはおいておいて、ひどいのは日本人。
本当に、この時代の日本人は最低。
親が目の前で死んでしまった六、七歳の子どもが、1年2年と誰も保護することなく乞食をして暮らしていたんだから。
それも、ごくまれに、ではなく、極めて多くの子どもが、です。
自分が六、七歳で、親も何もかも死んで、誰も助けてくれずに、むしろ疎まれたらどう思うか?
こんなこというと、その時代はみんな自分のことで精一杯だった、などと言い訳する奴らがいますが、まったく理由にならない。
そういうときこそ人間の本質があらわになる。
そういうときこそ助けなければいけない。
戦後の日本の繁栄は俺たちのおかげとか思っている連中は、彼らのこと忘れているのか。
幼い子どもを残して死んだ母親は、国や政府、日本人が子どもの面倒見てくれると少なくとも考えていたと思います。
馬鹿な都庁の役人とかは、孤児を檻に入れて、素っ裸にして、食事も満足に与えずに、餓死させたりしていたようだ。連中最低以下。というか人間以下。
行政だけでなく、親戚とか、誰も彼もが親がいないということを蔑んだり、いじめたり、貶めたり。
それでは当然、孤児は何も言わなくなります。
本の中には、「子どもは親に死なれたら完敗」と書かれていた。
小学校にもいけず、彼らは社会の隅っこに、今でも悲しく暮らしているらしい。
自分が孤児だとばれたら、又ひどい目に遭わされると思って、みんな隠しているということでした。
孤児だと明かしているのは、その後の人生が本当に偶然幸せだった人たちだけ。

とにかく、親が死んだ子どもに乞食をさせておいて平気だったり、さらに足蹴にし、踏みつけていた当時の日本人というのは、まれに見る最低な奴らです。
もちろん、ごくまれに私財をなげうって彼らを救おうと奔走する人々もいた。
しかし、ほんとうにまれ。
みんなそういう気持ちがあれば、彼らは救われたはず。
相当数餓死したらしい。その後、ひどい目にあって自殺したもの数知れず。

次の作文は、八歳の子どもが書いたそうです。

ぼくが二年生までいたお母さまは、三月の戦災で死んでしまいました。それからというものはルンペンをしていてもお母さまを思いました。
 それからアメリカ人にひろわれ、半月ほどお世話になっていましたが、そのアメリカ人がかえっていったので、またルンペンをしなければなりませんでした。ルンペンをすればやっぱりお母さまを思うのでした。それから東京へ来ました。そしてある人にひろわれてそこで半月ほどいましたが、それから麹町一時保護所へいって二、三日いましたが、萩山学園にきました。ここへきて校長先生からいろいろなことをきかれたとき、ぼくはすこしなみだがこぼれました。ああお母さま、と口にでそうになりましたがこらえていました。


六、七歳の子どもが死んだお母さんを恋しく想いながら、乞食をしていた。
ほんとに昔の日本人というのはひどいものだ。
精神が腐っていた。
いつから腐っていたのか。
これはおそらく明治維新以来でしょう。
詳しくは又次の機会に。
[PR]
by lebendig | 2005-03-08 01:47
<< 本のこと 猿の「学問」 >>