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格差デモに対する金融関係者の焦燥

全世界的に格差に反対するデモが行われている。
具体的な政策などへの反対ではなく、社会のあり方に対するデモである。
したがって、デモは容易に収束することはない。
おそらく、参加者もいつこれが終わるという見込みを立てることはできない。
だが、それでもデモが行われているということが重要である。

格差があることに対する不満というのは、ただ格差に対するものではない。
金融投資機関であれ、企業のトップであれ、金融商品を売り買いしている人間が大金を得る。
このことが問題である。
誰でも出来る仕事である。
知識や経験は特別ではないし、尊敬すべき要素は全くない。
また、特別の社会的な責任果たしたり、貢献したりすることもない。
彼らはいなくてもいいし、特別でもないし、尊敬も出来ないし、あるいは、そういう職を選んだところは軽蔑される、と皆が考えているのである。

たしかに、金融は正業ではなかった。
働いた分だけ収入を得るのが正業である。
皆が不労所得を求める社会というのは、当然腐った社会と言うべきである。
それが、今や額に汗をする職に着いていると、直ちに貧困に陥るのである。
一方、不労所得者はアホのような金を握り、いまや、彼らが世界経済を崩壊させようとしている。
デモは金融資本主義が終焉するまで続くだろう。
また、これを支持する理論、論理が後からついてくる。


不労所得を得て得意になってきた輩が、テレビやインターネットで腐った発言を繰り返している。
デモはむちゃくちゃだとか、適当な連中がやっかみで暴れているとか。
思想的にも主張的にもバラバラで、働いてもいない若者ばかりで、
こんなものは気にすることはない、と。
こういった発言は労せず利を得てきた人間が、自分たちのインチキな収入を正当化する理屈がなくなってきた焦りである。
利ざやで稼ぐ業界に関係している人間に限って、そういった憎悪に満ちた醜い発言をしている。

そもそもおかしいのは、実体経済以上にそういった利ざやで稼げるという状態である。
それは当然まともではない。
経済の発展によって利ざやが発生するのはまともである。
現在のマネーゲームは、マネーゲームを発展させることで、
偽りの信用が拡大し、そのことによって理ざやを得ているのである。
信用は確かに重要なものだが、実際にある富を何倍、何十倍にしてしまう。
それは当然危険である。

目の前に10㎏の米があるとする。
そして、10㎏の米を買うことが保証されたお金があるとする。
すると、実際には10㎏の米しかないのに、10㎏の米の二倍の価値が存在することになってしまう。
さらに、そのお金を誰かが借りる。
すると、貸した人には債権という形で、そのお金分が保証される。
借りた人はいつでも米が買える。
米を持つ人には当然米という価値が存在している。
これで米の価値の3倍の価値がこの世に存在することになる。
通貨と信用で3倍にふくらんだのだ。
借金の分で相殺してはいけない。
すると、信用というものが相殺されて計算できなくなってしまう。
金を返済するまでの間のことだけ考えればいい。それが信用である。

更に債権者が債権を売るとする。
そして債権者は米を買える金を手にする。
債権を買い取った人間は米を買うことの出来る金分を返してもらう権利を受け継ぐ。
この段階で4倍にふくらんでいる。
こんな事が続いていけば、信用が本当に存在する価値の何倍もの価値を作り出すことになる。
それがどんどん膨らんでいく過程で利ざやが生まれていく。

単純化すればそういうことだ。
この膨張を人工的に行って、その膨張分がウォール街やらで分配されている。
そして最後にこれが爆発。
ウォール街で分配されたお金以外に、極端を言うならば米だけしか残らなくなる。
これがいま起こりつつあることである。

これは世界史的な出来事の発端になるだろう。
この時期にむちゃくちゃな発言を残さない方がいい。
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by lebendig | 2011-10-17 09:30