<   2009年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

2010年はこうなっている!?

今、世界は多くの巨大な不確定要素に直面して、
皆、極度の近視になってしまっている。
近くのことならよく見える。
だが、遠くのことがよく見えていなければ、
近くに見えていることの意味はわからない。
我々は、近くのことばかり見ているようで、何も見ていないのである。

そして、もう一つ重要なことは、
多くの不確定要素は、
じつは確定要素だと言うことである。
本当は、よく見えるはずだ。
だが、見たくない。
だから見ない。
見ないものは見えない。

つまり、予測出来ることばかりなのである。


景気は、回復しない。
土地は上がらない。
米国に購買力は戻らない。
中国の経済発展も終わる。

ついでに言えば、食糧とエネルギーは足りなくなる。
失業者があふれ、社会が変質する。
日本は財政赤字で危機に陥る。

しかし、その相当前に、金融とモノの国際市場は極度に小さくなる。


予測をごまかす些細なことばかりが報道される。
しかし、可能性があることは実現する。

現代社会はダチョウなみの、
退嬰的社会であった。
[PR]
by lebendig | 2009-05-17 22:22

高速道路の通行量、激減

休日1000円で高速道路が儲かっていると言われている。
だが、東名高速道路では、平日昼、あるいは深夜、明らかにトラックが減っている。
というか、スカスカである。
高速料金が高いから、国道1号線でも使っているのかと思いきや、そうでもない。
たしかに、浜名バイパス、岩田バイパス、藤枝バイパスなど全部無料化されてから、
相当増えているはずだが、そんなでもないのである。

明らかに、モノが動いていない。
東名で動いていないなら、どこでも動いていないはずである。
京浜工業地帯の産業道路もスカスカである。
こんな状態で、現在の産業は成り立っていくのだろうか?
いや、成り立ちはしない。

大企業が内部に留保された利益をはき出してしまったら、
とんでもないことが次に起こることになる。
失業者、信用不安、倒産、自殺、治安問題、、、

昨年末からそういう傾向だったが、
連休明けで大変なことになった。
あんなには知っていたトラックはどこへいったのか?
こんなに実感されたのは初めてである。
このさき、もしかすると交通量が戻ることがないかもしれない。
5年前はとんでもなく混んでいたのに、、、

環境には優しい。
しかし、社会が混乱すると環境は破壊される。
はたして、これからなにがどうなるのか?

民主党はこのとんでもない社会崩壊を引き受けて、
新しい社会を建設できるのか?
いや無理だろう。
なるようにしかならないかもしれない。
[PR]
by lebendig | 2009-05-16 02:55

小沢一郎党首辞任の意味

民主党党首の辞任が、哲学に何の関係があるのか?
と一瞬思ってしまうところだが、
この一件は、相当大きな問題につながってくる。
多少ものを考えることが出来る人間ならば、
変なことにいろいろ気付いてしまうだろう。
この一件、一言で言うならば「小沢は汚いっぽくない?みたいな」キャンペーンである。
ところで、
「説明責任」とは何か?


まず、説明責任ということばが、広告キャンペーンのごとくある時点から連呼されたことが不可思議である。
送検されなくとも、説明できないのであるならダメなのだそうだ。
しかし、何を説明するというのか?
これこれこのような利益の誘導の見返りに献金をお願いしました、
とかいうと納得、ということなら、変な話だ。
していない場合は何を説明するのか?
痴漢の狂言と同じで、無いものには証拠もない。

小沢一郎の弁護でもないのだが、
こんな事は、多少見識があればわかる。
ところが、一斉にマスコミが騒ぎ、その説明の要件は誰も何も言わなかった。
白髪の新聞社の解説員が、気色ばんでで説明責任が!とか喚いていた。
不思議な光景である。
お金をたくさん献金してくれたら、ただ、大変ありがとうございました、というところだが、
金をくれたハラを勘ぐらねばならないのだという。
しかし、むしろ、そんなこと考えてはいけないのではないか?
献金者の個別の意図をおもんぱかったりしては、それこそ政治がおかしくなる。
あと、小沢一郎は、西松だけからたくさんもらっていたのでなく、
いろいろなところからたくさんもらっていたはずである。


そしてもっと不思議なことがある。
新聞社各社の世論調査の数値の著しい違いと、
そしてあからさまな誘導質問である。
そして、ついでに、というよりこれが本質的問題だが、
国民がみんな、あからさまに誘導されて、
マスコミが言わせたい言葉をわーわーマイクに向かってしゃべっていたのである。
一昔なら、質問の仕方とかに左右されず、
己の見識を示す人間がいたものだが、どうも最近は違うらしい。

マスコミが総務省の圧力と、広告収入の低下、発行部数の低下でおかしくなっていることはわかる。
総務省の機嫌を損ねると、地デジ化が遅れているので、アナログ廃止は延期、
などということになりかねない。
そうなると、既に危なくなってきているテレビは救いようが無くなる。
デジタルもアナログも放送というのは金がかかるのだ。
ついでに、電通・博報堂も必衰となる。
アナログ廃止前に、デジタル受信機を政府にタダでばらまいてもらわなければ困る。
それをやるのは、ばらまき政党である。
新聞は、信頼とか見識ではなく収益を中心に動き始めている。


それにしても、世論調査と詐称したアンケートの誘導ぶりは激しい。
誰に、というところでもう怪しい。
また、どのような質問を、
どのような表現で、
どのような順で質問したのか、
これがとてつもなく怪しい。
一応統計学的に求められる条件は満たしているということだが、
それに引っかからないところで何をしているのか?
何もしていないはずはない。
何しろ、調査結果が違いすぎる。

最近では、提灯記事は当然のこと、
ニュースと称して、自社・自局で開催中のしょぼいイベントへの動員を図るやらせ広告ばかりである。
小金をもうけるためだけにこのていたらく。
見識も何もあったものではない。
会社の存亡がかかっていれば、とんでもないことまでやっても全く不思議ではない。


マスコミの悪口ばかりいいたいのではない。
これは社会の全体で起こっているモラル崩壊、教養崩壊の象徴なのである。
しょーもないきれい事をいっているその裏で、すぐばれてしまう愚かで汚いことをやっている。
また、それが見えていても認知できない、アホ化した国民。
騙す方も騙される方も、相当レベルが低くなり、程度が悪くなっている。

何にでも裏がある時代になってしまった。
コネとか利益供与が本当に横行している。
コンプライアンスなんてのは、その隠れ蓑にされる始末である。
環境アセスメントは、環境破壊隠蔽のデータづくりの道具である。
世論調査は、世論操作であったりする。

何兆円という利益誘導が見過ごされ、
多少多いだけの政治献金(たかだか数千万円)の方を国政の中心問題にすり替える。
結果、我々の子孫がとんでもない被害者になる。
しかし、みんな、後々のことなど考えていない。


公器とは何なのか?
見識とは何なのか?
すべて、ドロドロにとけてしまっている。
哲学なんてみんな嘘なんだけど、真面目に信じている人間がいるうちは、
世の中まだマシだったかもしれない。
いや、哲学がみんなを裏切ったから、こうなったのか、、、
[PR]
by lebendig | 2009-05-12 01:36

災難を待望する現代人

災害や疫病というものは、あたりまえだが、恐ろしい。
巻き込まれてしまったら、自分自身の生命がかなりの高率で危うくなるのである。
もちろん、家族や友人も。

だが、国とか地球レベルでの災害にはあまりリアルな危険性を感じない。
理屈では自分も巻き込まれる可能性が高いことは知っていても、
人ごとのように報道メディアの情報を求め、興奮している。
現代人は災害が大好きなのである。
昔から野次馬はいたし、公開される処刑に人は集まったものでもある。
そのいやらしいスケベ根性が、今日の災害待望の心理になっているのだろうか。

これは実は、単なるスケベ根性ではない。
現代人は、精神的に相当参っていて、災害を必要としているのである。
我々は、生きる意味を知らず、だが死はおそろしい。
そのニヒリズムの中で、不安を忘れることのできるものに、無意識に飛びつくのである。
ショッピングや趣味など。

そのなかでも、もっとも不安を忘れるのに好都合なのは?
災害である。
特に、自分自身も巻き込まれる可能性のある災害だ。
なぜなら、災害はとてつもなくおそろしい。
我々のぼんやりした不安は消し飛び、明確な恐怖となる。
よって、不安からは解放されるわけである。

しかし、本当に解放されたのではない。
とりあえず、忘れているだけである。
目の前のこの困難を克服することが、当面の目的となる。
究極の目的ではない。
だが、そんなことはどうでもいい。
いまは、それだけが目的だ。

究極の不安は、自分自身の死だ。
無になり虚しくなり、何もない。
私も何もかもが、とぎれて戻らないのだ。
それは無という、底なしの暗黒である。
そんな救いのないものが人生の目的地であるのだろうか?

だから、我々は災害が好きなのだ。
災害の死の危険性によって、自分自身の死への不安が消し飛ぶのである、が、
本当は、全く消し飛んでいない。
災害であろうが、病死であろうが、
人生が短かろうが、長かろうが、
いずれにしても、死は、圧倒的なのだ。
そして、現代人は、全くこの不安に対する処方箋を有していない。
[PR]
by lebendig | 2009-05-01 00:41