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4月以降、大きく変わる

いま、社会は来るべき変化に対して不安のうちにある。
何が起こるかわからないからだ。
しかし、実際に変化が起こり始めると、
人間は適応を始める。

新年度への突入に伴い、
大きな変化が起こってしまう。
社会のほとんどへと波及する変化が起こり始める。
生活、人生についての考え方さえ変わるかもしれない。

学校へ行く意義は何か?
ほとんど全ての専門教育が就職へとつながらなくなる。
しかし、義務教育終えて即就職が有利であろうはずがない。
高卒で就職では、生涯低賃金確定になってしまう、、、
大学で何を学ぼうと、
思考力とコミュニケーション能力など、
基礎的能力を伸ばした者のみ、明日につながる。
このことが認識されることになるだろう。
もちろん人格も。
そういう基礎的な力は、どんな状況でも、
いや、悪い条件の時ほど頼りになるからだ。
だったら、しかし、私塾のような組織でもいい。
本当に基本的な人間の教育が漸く注目されるようになるだろう。

その反面、
単なる努力だけでは、
変化には無力であることが、
証明されることになる。
それは、人間の心に大きな傷を残すことになるだろう。
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by lebendig | 2009-01-06 02:58

日々是れ新たなり、年々是れ新たなり

年が明けた。
いかなる年であろうか?

大晦日、職を失った人々が商業ビルの椅子にうずくまる姿を見た。
こんな身近にも、と誰もが思ったはずだ。
炊き出しが日比谷公園で行われた、というニュース映像が流れる。
炊き出し自体は毎年恒例のニュースである。
一昨年まで、家がないにはそれだけの理由がある、
自業自得であると我々は納得し、安心してきた。
だが、昨年末には、不正義と不条理としか見ることが出来なくなっていた。

大企業については?というコメントをいただいた。
たしかに、この状況を理解するのに重要だ。

昨年半ばまでは「大企業」という言葉が、単に大きな企業という以上の、
何か物々しく、後ろ暗く、生々しい現代社会の現実を意味していた。
以前言及した、瀬島龍三を初め、ロッキード事件で問題となった児玉誉士夫、小佐野賢二など、裏でフィクサーやらなにやら、戦中戦後のどさくさから生まれた、とにかくややこしいいろいろがある、というのが半ば常識であった。
三菱を初め、明治維新後、政治的な力で巨大な組織を形成し、財閥解体を経てもなお同じシステムを維持してきた旧財閥あるいは企業グループの都市伝説もそうだ。
バブル崩壊で、都市銀行の合併や企業自体の合併などで、企業グループなるものも、数ヶ月ごとに大きく変わってしまうように希薄になり、そして、力を失いつつある。
解禁された持ち株会社も焼け石に水か?

これまでは、
「富を生みだし、国民に貢献しているではないか、
世界に誇るべきは大企業である、
金儲け悪いことですか?」
という、居直りがあって、しかもほとんど社会に承認されてきた。

その正社員は、現時点ではまだその仕事に見合わない給与を得ている。
200万以下の年収の労働者と1000万を超える年収のサラリーマンと、
5倍もの違いは何か。
仕事の量では明らかにない。
能力か?
富を生み出すことにどれだけ貢献し得るかという能力であろうか?
では、生み出さなくなったら、0になり、マイナスになるのか?
いや、ならない。
しかし、0やマイナスにならないでも大企業が成立しているのは、
その歪みが、不条理にも、立場が弱い人間に向けられているからである。
それは、下請け、取引業者、契約、期間、非正規の従業員。
もちろん、情報を持たず、広告によってコントロールされる消費者も。

しかし、そんなややこしい、怪しい仕組みは、
飯が食えているうちには、そんなものだろ、と思ってはいたが、
やはり、今となっては、、、、

過去完了が多い。

ずいぶん変わったが、びっくりするくらい、また状況が変わるだろう。
いろいろ見えてくるかもしれない。

しかし、いまはそれも昔ばなしかもしれない。
賞与の削減ではどうにもならない。
かといって、再就職先など容易に見つからない。
企業内でワークシェアリングをすすめ、
給与体系に手をつける、という事にならざるを得ない。
してみれば、少しずつ「大企業」は大きいという以上の意味を失っていくだろう。
大企業幻想が吹き飛び、
実際に大企業が飛んでいく。
そんな時代に
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by lebendig | 2009-01-01 01:21