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食糧危機で「信用」が危うい

世界中にあるお金というのは、
現実にあるモノの価値の何倍である。
お金を増やして返すことを約束する者がいる。
すると、必ず返されるお金、という架空のお金が実在するようになる。
必ず返される信頼度で、そのお金の存在の確率が変動する。
信頼度が低いと確率が低く、全体として目減りすることになる。
可能性がゼロだと、ゼロになる。

モノの価値も相場に依存する面もあるが、
モノは無くなりはしない。
だが、この「信用」は無くなる。
フィクションである。
みんなが信じなければ、無くなってしまう、危ないものだ。
しかも、みんなが金を増やして返す、といって金を借りるところが危ない。
みんなが金を増やせる社会なんて存在するのだろうか?
この社会の外部に搾取される人間か何かが存在しないと、無理である。
世界が一つになり、市場が一つになったとき、実はお金が増えなくなる。
モノではなく権利や文化にお金が使われれば、まだ増える。

漫画のアニメ化の権利、アニメの実写化の権利、小説のドラマ化の権利、
あるいは、スポーツイベントの放映権などなど、
つまり、ソフトウェアである。
これらは世界中のそういったモノを合算すると相当な額になるだろう。
映画化すれば絶対ヒットすること間違いない小説がある。
そうすれば、そこには既に莫大なお金が創造されたことになる。
絶対ヒットするから、金融機関は何十億でも貸す。
確実な金が何十億と生まれたのである。

よく考えれば、アニメ以外、映画、ソフトウェア、放映権、全部アメリカが支配している。
うまく考えたものである。
オリンピック、ワールドカップの気の遠くなるほどの放映権料は、
そんな昔に始まったものではない。


だが、食料が足りなくなるとき、全部はじける。
生きるのに絶対必要な小麦と、ドラゴンボールの実写映画化の権利は、
果たして同等のものか。
食糧危機が訪れるとき、すべての信用の幻想が吹き飛ぶ。
架空のお金が無くなる。
絶対にそれは困る人々がいる。
彼らは世界を飢えた世界と、豊かで信用の幻想が維持される世界に分断するだろう。

食糧問題が厳しければ厳しいほど、信用が維持される世界は限定されていく。
おそらく、人類最後の瞬間まで、信用を維持するために奔走する人々が存在するだろう。
彼らは、飢えた人々とそうでない人々の間に明確な線を引こうとするはずである。
最も明確な線、それは生きているか死んでいるのか、である、、、、
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by lebendig | 2007-12-10 12:09