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何でそんなに怒るのか?

このブログが、である。

別に、悪いことしている人たちじゃなし。
いいじゃん、みんな案外良心的な人たちだよ、
と言う人がいるかもしれない。
いや、みんなそうだろう。
しかし、これは学問が如何にあるべきか、という大問題である。
「いいひと」がやっていればいい、という問題ではない。
いや、学問だけの問題ではないのである。

学問は公のものであって、
趣味を職業にする権利なんてものは学問には認めてはいけない。
社会のため人のために学問しなければ、
その学問を基礎に形成される文化社会は崩壊する。
そして崩壊しかかっている。

哲学が好きでやってる、なんて馬鹿が増えると大変なのである。
いや、もう手遅れ。
哲学好きというキモイ連中に占領され、
オタクのサークルになってしまったのである。

いや、社会の片隅とか、どこか知らないところでそれをやっていてくれれば文句は言わない。
しかし、その社会性を欠いた哲学オタクが、
そのオタク的哲学をこれがテツガクだ、って大学で講義しているのである。
結果は火を見るより明らか。

立花隆は哲学が大学から消えることは大変な問題であると言っていた。
しかし、今の哲学があったって無意味。
趣味の哲学、これが当たり前になったとき死んでしまったのだ。

「オタク、専門は?」
「実は*****やってるんですよ。」
「えっ、オタクも? *****の#####って+++++ですよねー」
「そうそう、+++++ですよねー、グフッグフッグフッ!!」

って会話が今日も大学やら学会やらの片隅から聞こえてくる。
秋葉原とか東京ビックサイトではなく、である。


いやいや、べつに趣味の良さを求めているのではない。
本来、目的意識、志をきちんと持った人間が、
社会のため、人間のため、歴史と伝統のため、
そしてそれらへの責任を自覚して、
そんな好きなことではないけれども、やらねばならぬ、
と言ってやるべきなのである。

オタクが大学で自分の趣味の為に、
そういう社会的な使命を果たそうとする人のためのポストを占拠し、
彼らのオタク趣味哲学以外を排除している。
つまり、彼らが大学にいること自体、
大変な犯罪的行為なのである。

犯罪を咎めることは当然であり、
むしろ市民の義務である。
みんなで通報しなければならないのである。

もちろん、アカデミズムにはある一定の基準があるべきである。
だが、現在の哲学の基準はおかしい。
どんなヘンテコな主張でも、
細かく細かく横文字の文献をつついて出てきた主張ならば、
トンデモオカルト学説もオッケーである。
手続きが「アカデミックだから」だと。
絶対神がどうの、理性がどうの、自我がどうの、現象がどうのって、
そんなの全部否定されているっての。
哲学の内部では真顔で議論されていたりして。

大脳生理学とか、理論物理学、ゲーデルだって相当哲学には深刻なはず。
しかし、時代や哲学者にわけたりする、ご都合セクショナリズムで、
たこつぼの中に、まだ「発展」とか「真理」とか信じている人がいるのである。
大学が彼らのハッテンバにされているのである。
公序良俗に反するのである。
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by lebendig | 2007-05-28 10:59

素朴な疑問

素朴な疑問がある。
どう考えても、未来がない哲学にしがみついている人々。
一体全体、自分の人生をどう考えているのか?
虚しい。

少なくとも現状の哲学は、何の成果も得ていない。
未来へ向かって、可能性はない。
じゃあ、別の仕方を考えればいいではないか。
少なくとも20世紀に可能性を期待された諸学派は、
もうさんざん議論したあげく、その学派の維持自体が目的となっている。
そして内部で盛り上がっている。

もしかすると、現状の哲学にすでに意味がある、と勘違いしているのか。
テツガクすることに意味があるとか、
参加することに意味があるとか、
にんげんだもの、とか、
全部おなじだ。

弱くて情けない人間が、自己正当化、自己満足、自己欺瞞のために、
へりくつこねこねして、
批判されるのがいやだから、
三流哲学者のマイナーな著作に言及してみたりして。
逃げてばかり。
別に誰かの著作ではなく、
自分のことばをためせばいのに。

まぁ、他人のことなんか心配する余裕のない人間が、
自分の弱さ、コンプレックスを解消するために、
へりくつこね始めて、
次第にへりくつにアイデンティティーを感じ始め、
偏執していったのが彼らの哲学であろう。

そう、フェティシズムである。
おしゃぶりのたぐい。

そりゃ、哲学研究者にたいそうなことを期待する方がまちがってる。
なるべく自分をためされたくなくて、
穴熊である。
将棋の、ね。

表だっては批判を免れるが、
自分は偽れないし、
自分の人生は虚しく過ぎ去り、

そんなこと自分でわかっているはずである。
そんなことをしていては、人生になんにも始まらない。
それもわかっていたはずである。

少なくとも、
将来、未来の人々の可能性を奪うような、
そんな醜い生き方はよしてほしい。
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by lebendig | 2007-05-27 12:59

日哲に未来無し、、、、 人無い 金無い 心無い

日本哲学会である。

悲惨である。
全国組織と銘打っているが、西には関西哲学会があり、まぁ、東の組織である。
古い歴史と伝統を持つ名だたる大学が軒を連ねる東京、
しかし、しょぼかった。
各研究発表は閑散。
シンポジウムは立花隆が何しゃべるか見に行った人で多少埋まっていたが、
哲学会のパネリストがショボイはなしをしていた。

人材難ですな。
哲学会がヤバイって話なんだから、
人間を選んで来いっつーの。
あのダラダラしゃべりが哲学の現状そのもの。
外部にアピールとか言ってたけど、あんなのアピールされたら滅びるよ。
いまのところ、素人が勘違いしていてくれてるから持っているんだから。

他にもいい歳の中堅以上のおっさんが、
ショボイ事しゃべってた。
能力ないんだね、あの世代の研究者。
団塊世代とその下。
団塊が多くてガヤガヤしてるからわからなかったが、
数は多くて、しかし、層が薄い。

それがつまらないダラダラへりくつこねてるので、
学生が又少なくなっているらしい。
もう、再生産は不可能。
って、未来のない哲学者の文献こねくり回す人足の、
後継者はいらないよ。
しかし、奴らは反省無いね。
哲学なんて全然やってないし、反省もない。
もはや徹底的に批判されるのを待つだけの哲学者を、
こねくりこねくり、何やってんの?

それで、己を「哲学者だからー」って感じで。
何様?
腐れ哲学垂れ流し、未来の人材腐らせて、
何ら貢献するところ無し。
しかもダッサーイファッションで、不健康で不機嫌、不細工な顔で。
いや、キモイ。健康的でないのは当然。
しかし、精神が不健全なので感情表現が不健康、
だったらやっぱり、それなりの歳になると変な顔で不愉快な顔になってくるのである。
彼らの親に罪はない。

真剣に己のこととして、
ここまで堕落した哲学会を反省でもすれば、未来がある。

未来はない。そしてそれは必然。
やはり哲学の最期。
だが、腐れ哲学者の群れは生き続ける。
死んでもしばらくは生き続ける。
そして完全に死んで皆が納得して消えることになるのか?

あの日哲は「もがり」である。
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by lebendig | 2007-05-22 23:17