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環境問題への適応能力

人間は適応能力が高い。
先述の通り、この深刻な環境問題へも適応してしまった。
さらに、人類滅亡へも適応。

日常のつまらない仕事を安心し、ストレスなく行うためには、
どきどきしたり、不安を呼び起こすすべての事柄は不要である。
実はとんでもないことであっても、どうでもいいこととして評価され、扱われるようになる。
ストレスで心を病んでしまうよりはましなのだ。

やはり生物というのは、日々を生きて生き延びていくために生きている。
だから、とんでもない異常事態があっても、今日を生き延びるために生きる。
そして、何かが起こったときには、幸運にも生き延びることを待っているのである。

こんな「生き物」的な本質が、よりによって今日明らかになりつつある。
目の前に大変なことがあるのに、あたかも何もなきがごとし。
年金とか少子化、こんな事を口角泡とばし議論する。
何とも空しい光景である。

人類がどうにかなりそうである。
しかし、言霊でもあるまいが、口に出したり考えると実現しそうなので、皆語らない。
そして今日の平安がある。

この人間の適応能力は、人間がストレスに弱すぎるので発達したのだろうか。
確かに、精神的にタフでないと、まともにこの問題を考えることはできない。
レジ袋とか、分別とかで世界が救われると思ってるのは馬鹿である。
そんなちんけな問題ではないのはわかるはずだ。
いや、ペットボトルとかレジ袋で世界が滅ぶとでも思っているのか?
ナイーヴもいい加減にしていただきたい。
本当に、環境を考えるにしても、しょぼすぎるのである。
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by lebendig | 2007-03-27 12:07

10年後、地球が滅ぶ?!!

本が出ている。
内容は案外細かい話までしている感じだが、
至って普通の情報を網羅しているだけである。
そこが恐ろしい。
いま、普通にヤフーのトップページにあるニュースのヘッドラインに、
10年後はもう地球が大変になっている、というような情報がある。
毎日に近い。
それは今我々の日常。
そして大衆は日常の情報に適応し、反応しなくなった。
改めて本になっていると、タイトルでぎょっとするくせに。

人間は適応能力の高い動物である。
地球温暖化にも、いち早く適応したのだ。
馬鹿な動物だ。
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by lebendig | 2007-03-20 23:08

農学、工学が世界を滅ぼす

こういう応用系の学問というのは、学問ではない。
というか、学問ではあり得ない。
もともと専門学校で教えるようなものである。
農学や工学には学問の理念はない。
なにしろ自分の力で知を切り開くようなものではないから。

重要な知を他から中身もわからず借りてくる。
だから知を切り開く必要はない。
こんなものは学問ではない。
しかし、人数ばっかり多くて、金回りがいいのででかい口をたたく。
中身もないくせに。
金を稼ぐのがいい学問なんだと。
「問い」のない学問なんて聞いてあきれる。

しかし、学問としては欠格でもそれを研究している人間はちがうのでは、、、
いや違わない。
それどころか、この二つの分野がいま自然を破壊している。
それに対して、いやいや農学、工学こそ地球を救う、などという馬鹿がいる。
それは彼らの自己申告。
実際には、この農学・工学の腐れ研究者たちは、
滅び欠けた自然を食い物にして研究費を要求したり、
業績積んだり、利益を得ようとしたり、最低である。
しかも、まーーーっっっっったく結果が出ていない。
莫大な研究費を獲得し、結果は全くださない。
そりゃそうだ、自然が大事、なんて口先だけ。
業績が第一でしょ。
この恐るべき不誠実さ。
だからこそ、徹底的に非難されるべきなのだ。
学問全体として不誠実で破廉恥だが、
これに携わる研究者もすべて破廉恥、不誠実、最低やろうだ。
あるいは、馬鹿であるかだ。

彼らはたとえるならば闇金業者である。
借金でどうしようもなくなって、もはやどこからも新規融資の可能性のない人、
それも闇金業者にだまされて借金まみれにされた老人、
こういう人に対して、借金一本化しましょう、とか甘い言葉で近づいて、
結局、年金、生活保護費までしゃぶり尽くす人でなしである。

ぼろぼろになった自然環境を直す研究いたします、と騙り、
研究費を巻き上げ、下らん研究だらだらしたあげく、
何にも結果は出ていない。
全く出ていない。
そりゃそうだ、救う気なんてないんだから。
衷心から、身を捨て、業績なんて糞食らえ、自然をなんとかし、
子どもたちの未来を救うのだ、というような人間は皆無。
研究費をもらうために偽装しているのは、
本当に醜い。人間のかすである。
地球環境を救うのに自分の研究がどんな意味があるのか、
本当に考えたことがあるのか。
口先だけでなく。
ほとんどすべての研究が、実際の所、効果が全くないのである。
効果あるというのなら、聞かせてほしい。
何しろ、いま、我々は温暖化だけでも手だてがないのである。

善人気取りで人を陥れ続ける農学と工学は糞である。
理念のない学問を、心のない現代人が、己が利益のみ追求して、
しかも「地球を救う」などと抜かして、
実質役に立たないか足を引っ張る研究をし、
さも未来が救われそうな嘘を喧伝し、
貴重な時間と貴重な研究費をどぶに捨て続ける。
これが実態だ。

不誠実さは現代のキーワードだ。
しかし、こんなに汚いのはない。
善人面するのは最低である。
本当に大変な状況で、心を悩ませている人間が多いというのに、、、、
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by lebendig | 2007-03-20 00:36

「政治」???ーーー「民主主義」も最期

民主主義?
主義というからには、これは一つの思想に過ぎないし、
どんなに「信じている」人が多かろうと、絶対的に正しい、というようなことはない。
おそらく100年後には「民主主義」とは特殊な思想であったと総括されているだろう。

語源からいえば、多数者による支配、である。
しかし、支配者というのは被支配者があって、初めて意味を持つ言葉だ。
多数者が支配者なら、少数者は被支配者であろうか?
いや、実際そうである。
ただし、問題によって多数者と少数者は変わってくるから、固定したものではない。

どの問題について、多数者は誰か、をきちんと確定することが出来れば、
デモクラシーと言うことが出来る。
ところが、実際には確定する事なんて出来ない。
国民投票でもすれば別だが。
いや、投票しても無理。
実際、いろいろな選挙で「民意」なるものを問うているが、
無惨な政治だけが展開されている。
あほらしい。
問題ごとに多数者の意見を確定する、という事は出来ない。
そもそも、大衆には「意見」はない。
好き嫌いしかない。
意見、意思、思想は非常に少数の見識ある人間にしか存在しないからだ。

意見も意思もない大衆に選ばせることに何の意味があるのか?
とんでもないアホが代表になることを防ぐくらいか?
いや、アホが今たくさん政治化している。
わかってない人間がわかっていない人間達に選択肢を用意して選ばせる。
選ばれると、鬼の首でも取ったかのように国民の意思がどうたらこうたらいって、やりたいことをする。
実際機能していない間接民主制という装置を使って、やくざまがいの連中にお墨付きを与えているのである。

いまどき、まともな人間は政治家なんかを目指さない。
いや、今だけでなく古今東西である。
目指すのは、汚くいやらしい上昇志向を持つ人間だけ。
コンプレックスか何かの裏返しの上昇志向だろうが、人のために、なんて嘘ばかり。
共産党とか公明党とか、思想がらみの連中もそうである。
正しい思想の私、なんてのをアピールして悦に入りたいのだろう。
志、なんてことを軽々に口にする連中。巧言令色鮮きかな仁。
志ってのは、人に自慢するために出世したいなんて事とは違う。
誰に知られずとも、我が身がどうなろうとも、何かを成し遂げようとすることをいうのだ。
身を捨てて初めて志。
我が身のかわいさの余りに志を立てる、ってことはありえない。
人に無理矢理押されて、他にほんとに人がいない、というときにようやくなるべきである。
って、そんなこと言ったら、日本からほとんど政治家はいなくなるが。

まぁ、そんな連中が「お墨付き」ほしさに「民意」を誘導する争いをするのが「選挙」である。
この誘導も、大衆のアホか似合わせてアホ対応しており、ワンフレーズとかヴィジュアルとか。
そんなことしてる政治家はわかってるはず。
民主主義など機能していない、そして望みもない制度だと。
アホみたいな坊ちゃんがマッチョぶって総理面している。
なんか惨めな感じのひょろひょろしたのが「総理」のかっこさせられて。
あそこまでいくと、「動物虐待」じゃないか?
なめねこみたいなもので。

そんな奴らが、環境問題になんて興味はないだろう。
口だけは環境大事とかいってても、前回のブログのようなこと。
制度が生み出した腐れ政治家。
どっちも最低だが、もう「民主主義」はいいんじゃないの?
他になんかやりようがあるし、終わった思想ですな。
みんなで選んできめればそれはいい!って、根拠のないオカルト思想。
民主主義はオカルトであった。
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by lebendig | 2007-03-04 00:24