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自然破壊と終末

「終末」という言葉は、何か古くさく、例えるなら戦前の政治スローガンのような感がある。
あんなに熱狂していたのに、まるで嘘のように見える。
しかし、確かにそんな気持ちにみんななっていた。
青春の一ページみたいである。

結局、不確実になってきた人類の未来(=自分の将来)を黙示録的な終末観に重ねただけである。
むかしから、未来がよく見えなくなるとき、世界が終わるように感じただけの宗教家がこれを良く唱えたものである。(あんまりいうと、腹を立てる人も出てきそうな…)
しかし、それは自意識過剰というか自己中心というか、井の中の蛙というか、いや、幼稚ということだろう。
僕んちのパパは世界一!というのに近い。
自分の死ぬ日は世界が滅亡する日!である。
海を隔てた半島に、こう信じる人がいるというようにも聞いている。
朝鮮のない世界はいらない、いや、そんな世界は無いし、無くしてやる、である。

「博士の異常な愛情」というキューブリックの映画に、ドゥームス・デイ・マシンというソ連の究極的破壊兵器が登場する。
これは、ソ連に対する核攻撃が認められたときに発動する、世界破壊兵器である。
もちろん、ソ連も滅びるが、これは究極の抑止力になる。
映画はこの兵器を巡って展開している。
ちなみに、私の一番好きな映画の一つである。

いま、北朝鮮はこのドゥームス・デイ・マシンを作ろうとしている。
彼らがこれを使ったら、日本海航行中の米軍潜水艦から核弾頭を積んだ巡航ミサイルが、「えっ、そんなにあったの!?」というくらい飛び出して、ステルス爆撃機が中性子爆弾山ほど積んで轟々と襲いかかることは目に見えている。
ちなみに、熱核兵器は首領様を昇天させ(天国には行かないか…)、核兵器および核関連施設を破壊するために限定的に使用し、ほとんどは後の地上での占領活動を考えて中性子爆弾を使用するのではないか。
いや、アメリカはここぞとばかり、データを集め、古い兵器を有効に使用しつつ消費するため、よけいなくらいやってしまう可能性もある。
死の灰の問題もあるから、ある程度の自制はあるかもしれないが、これは百年に一回の、いやもしかしたら人類最後の核兵器使用戦争になるからだ。
水爆使って、地下に作られた秘密機核基地を丸ごと蒸発させようなんて、本当に乱暴なこと考えていたならば、本当に怖い。
死の灰が降ってきます。
まさか、ね、、、


そんな物騒な昨今ですが、そんなことはなくとも世界は滅びる。
世界殺すニャ鉄砲はいらぬ、笑ってドライブすれば良い、、
ってなことではないが、しかし、そんなことである。
後2〜3度あがったら、もう世界は滅びる、という研究もあるらしい。
もちろん、そんな主張は、実験してデータを取れるものでなし、再現実験も無い。

こんなときに、レジ袋がどうのこうのでテレビで騒いでるのは滑稽だ。
あんな薄いレジ袋、いっくら使ったって、そのスーパーまで行く車のガソリンでチャラである。
あほくさい。
ものすごく燃やしてるのわかってないのか。


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by lebendig | 2006-10-16 23:51