ゆとり差別

ゆとり差別というのがあるらしい。
「ゆとり」というのはゆとり世代。
1987年以降に生まれた世代である。
今2007年だから、今二十歳。
大学二年生からである。

一つの世代すべてひっくるめてどうだ、というのは、
確かに問題がある。
その世代にだって、いろいろな人があるから、
十把一絡げはできない。

が、しかし、傾向はある。
何にだって傾向はあるのだ。
で、その傾向というのはいい傾向ではない。
昔なら、学歴のない人間だって当然わきまえていたものが欠けている。
教育している人間なら、まぁ、ほとんどの人間がわかっているはずだ。
知らない顔する奴は、無責任である。
「彼らはすばらしい!」
とか言って、教育を放棄するのか!?
これは、我々が大学という最後のチャンスに、何とかしてあげないといけないのだ。

欠けているもの、それはまず自尊心だ。
自尊心がないからすぐ投げる。
難しいことはしない。
出来ないことを出来るようになろうとしない。
かれらはずーっと、出来ることだけやらされてきたのだ。
恐るべき教育の実験がなされてきた。
結果、世代全体としてこんな事になってしまった。

なぜ自尊心がないのか。
ゆとり教育が始まったときから、
こんなに覚えることが少なくていいのか?、と言われてきた。
彼らだって知っている。
昔はもっと難しかった学校が、
簡単になった。
なぜなら、自分たちには無理だと大人が考えたからだ。
そうか、俺たちには無理なんだ。
無理なことはやらなくていい。だって、できないんだから。

しかし、二年後、彼らが社会に出るとき(食糧問題で無茶苦茶になっているかもしれないが)、
社会がそれに対応するとは思えない。
彼らの一つ上の世代で採用を十分して、
一転、就職難になるかもしれない。
あるいは、就職してから解雇されたり、

どうやっても飯を食っていけないような人間が多い。
知識とかではない。
差別するとかしないとかではなく、
何とかしてやらないといけない。
不愉快で不真面目で不遜な彼らが、
自虐的で、虚無的で、怨嗟と嫉妬の人間になる前に。
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by lebendig | 2007-11-18 21:14
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