怒るには体力がいる

本当である。
これだけアホのようなことが世の中を蔓延すると、
もう疲れてしまって、どうでもよくなる。

しかし、ここで負けてはいけない。
「ダメなものはダメ!」である。
何でもかんでもダメなのだが、次の二つのことに気をつけて怒りたい。

すなわち、
何に対して今怒らなければならないのか、
つまり、今怒るべき怒りをわきまえることである。
そしてもう一つ、
何が最も根本で世界を腐らせているかを知ること、
つまり、本質に対して怒ること、である。


哲学とか思想に怒ったりしてもダメである。
それは勘違い。
怒るべきは現実であり、人間であり、その本質である。

悪のエーテルのようなものが人類を破滅へ誘っている、とか考えて、
その世界悪の観念に対して怒る、なんてのはオカシイのである。
腐るのは「人間」だけだ。

だが、他者の死や消滅をねがったり望んだりする人間になってはいけない。
その態度は、最も幼稚である。
なぜなら、すべての腐敗は他者に対する共感の欠如、
尊重する謙虚な態度の欠如から来るからである。
アホがアホをアホと言ったり、馬鹿が馬鹿を馬鹿と罵ったり、
人殺しが人殺しを軽蔑したり、
まぁ、そういうことである。
人を呪わば穴二つ、である。

ただ、不遜な人間を軽蔑するのはいいことだと思う。


腐った人間、不遜な人間、これに対して怒る。
怒るべき時に怒るべき仕方で怒る。


怒りのエネルギーを大切にそこへ集中させるのである。
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by lebendig | 2007-10-09 23:01
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